だれがタブーをつくるのか――原発広告・報道を通して日本人の良心を問う

かたや元右翼団体代表にして孤高の論客、
かたや元博報堂社員にしてタブーへの挑戦者。
原発・広告・マスメディアを俎上にのせて語りこんだ、
「表現」の自由と責任、
「言論」の自由と覚悟。
【鈴木邦男】「原発CMに出たタレントも同じだ。内心忸怩たるものがあるのかもしれないが、誰も責任を取らない。自分の責任は考えない。〈自分〉がなくなっている。いや、〈自分〉を考えてはいる。正義感で内部告発して会社を辞めたら自分の家族はどうなる、自分の責任の放棄ではないか。それに、会社を守らなくては……と。本当にそれでいいのか。〈自分〉や〈責任〉は、そんなものなのか」 (あとがきより)
【本間龍】「会社や地域という共同体に属するうちに、その集団の中でつつがなく生きていくために、知らず知らずのうちにタブーをつくり、何に対しても責任をとらず、お互いを監視し合い、縛り合って閉塞していく。日常のそうした自覚なき無責任体質が収斂した究極の破局点が、今回の原発事故ではなかったか」

本間 龍

1962年生まれ。著述家。1989年、博報堂に入社。2006年に退社するまで営業を担当。その経験をもとに、広告が政治や社会に与える影響、メディアとの癒着などについて追及。原発安全神話がいかにできあがったのかを一連の書籍で明らかにした。最近は、憲法改正の国民投票法に与える広告の影響力について調べ、発表している。著書に『原発広告』『原発広告と地方紙』(ともに亜紀書房)、『原発プロパガンダ』(岩波新書)、『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)、『広告が憲法を殺す日』(集英社新書、共著)ほか。