私は元々、弦楽四重奏が好きだったのだが、純セレブスピーカーを発明して以来、ますます弦楽四重奏に傾いていった。というのも、純セレブスピーカーは、フルレンジのユニット一つで作るのが基本で、そうなると、低音や高音はどうしても弱くなるし、大音量でガンガンというわけにもいかなくなる。もちろん、そういう音楽を聴いても、市販のスピーカーよりは、遥かに良い音が楽しめるのだが、純セレブスピーカーの特徴を最大限に楽しもうとすると、室内楽や器楽曲が向いている。おそらく1番向いているのは、小編成のジャズかもしれない。
純セレブスピーカーの共同発明者の片岡さんは、打楽器奏者なので、その制作によるスピーカーは、リズムを遅滞なく濁りなく再現することに重点が置かれていると思う。片岡さんによれば、音楽家がスピーカーを作ると、自分の楽器を一番よく再生するものを、自然に作ってしまうらしい。
純セレブスピーカーを発明した頃のわたしは、何の楽器も演奏できなかったし、主としてオーケストラの作品を聴いていて、テスト用にも管弦楽作品をよく使っていたのだが、なぜか色々作っているうちに、弦楽器の再生に向いたものができてしまうのである。不思議に思っていたら、三年ほど前に、ヴァイオリンとヴォオラとを入手して、それにはまって、自分で演奏するようになった。弦楽器を演奏するようになる前から、弦楽器が「自分の楽器」だったわけである。
そしてさらに、レコードを聴くようになると、圧倒的に、弦楽四重奏が魅力的に再生されるのである。声楽曲やピアノの入ったものは、悪くはないが、ちょっと落ちる。ギターやハープシコード、そしてなんとかピアノフォルテは魅力的である。ハープは少し無理を感じる。かくして、弦楽四重奏のレコードを買い漁ってしまうようになった。
メジャーな弦楽四重奏曲のなかで、一番好きなものを挙げろ、と言われたら、ラヴェルということになる。ラヴェルは、若い頃に、弦楽四重奏を一曲だけ書いたのであるが、これが古今の最高傑作だ、と考える人はそこそこいるのではないかと思う。
そういうわけで、ラヴェルの弦楽四重奏のレコードも、何枚か買ったのだが、大抵は、ドビュッシーの弦楽四重奏と裏表になっている。ドビュッシーも素晴らしいので、お得感がある。
ところがこのレコードは、珍しく、ラヴェルしか入っていない。贅沢なカッティングである。録音時間が少なければ、余裕をもって溝を彫れるので、音は良くなる理屈である。
アルス・ノヴァ弦楽四重奏団というグループも、不勉強にして知らなかったのだが、ラヴェルなので、何かのついでに落札したのである。どこの国の楽団かしら、と思ったら、桐朋学園の関係者であった。
で、あまり期待せずに聴いてみたのだが、張り詰めるような緊張感が感じられて、思わず引き込まれてしまい、何度も聴いた。私は東京カルテットのレコードがベストだと思っていたのだが、それを超えたと思うくらいで、本当に驚いてしまった。
そこで解説を見てみると、このレコードの最大のウリは、ダイレクト・カッティングだ、という点にあった。それは、1箇所に置いたステレオマイクだけで録音し、しかもその電気信号をそのまま原盤の溝を刻む機械に送って記録する、というやり方である。これは、途中でなんの歪みも生じさせずにレコードを作る、最善の方法には違いない。
しかし、そのかわり、途中でなんらの修正をかけることもできないので、演奏家も録音技師も、完全な一発勝負、ということになる。なるほど、このレコードに漲っている緊張感は、演奏者だけではなく、録音技師や関係者全員の手に握られた汗までが、録音されたのだ、と得心した。
それに、録音テープもないわけであるから、デジタル化もやりにくい。実際、この演奏は、レコードしかないようである。そういうわけで、純セレブスピーカーで聞くのにふさわしい、実に魅力的なレコードである。
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とても面白く読みました。スピーカーのことも楽器のことも、ラヴェルも弦楽四重奏のことも、わたしは何も知らなかったんだなと、素直に思いました。