レコードへの道 20220717

なんか、変わったレコードだな、と思いつつ買ったのだが、よく見ると、すごいレコードだった。変わった、というのは、ドビュッシーの作品を集めてあるのだが、曲ごとに編成が全然違う。

普通は、チェロとピアノのレコードなら、チェリストとピアニストは固定で、いろんな作曲家の作品をまとめるものである。なぜ、こんなにいろんな種類のものが集まっているのか、とおもったら、ドビュッシーが、最晩年に、「さまざまな楽器のための6つのソナタ ‘Six sonates pour divers instruments ‘」という6種類の楽器編成のソナタの6曲の曲集を作ろうとしたのだが、病気のために完全せず、3曲だけ完成した。その三曲におまけで一曲つけたものだった。

すごいレコードだというのは、そのメンバーである。どういう経緯でこういうレコードができたのか、わからないけれど、チェロのシャンドロンの裏面に、ヴァイオリンのグリュミオーが入っている、というのが豪華すぎる。その上、シャンドロンのピアノは、有名な作曲家でピアニストのジャン・フランセである。そのほかのフルートのブルタン、ヴィオラのルキアン、ハープのシャランも、それぞれフランスの当時のトップの奏者のようである。そういうわけで、ドビュッシーの最晩年の作品の演奏の決定版のようなレコードであった。

聞いてみて驚くのは、最晩年のドビュッシーが、独自の不思議な世界に入っていたことを如実に認識できたことである。どの楽章も短くて、すぐに終わってしまう。「牧神の午後」や「海」などで馴染んでいるドビュッシー感もあれば、新古典派的でもあれば、バルトークっぽくもあれば、新ヴィーン派的でもあるけれど、そのどれでもない。

ドビュッシーがもっと長生きして第一次世界大戦後にも活躍しておれば、現代音楽の風景は、全く違ったものになっていただろうな、と思った。特に想像力を掻き立てられるのは、フルートとヴィオラとハープという変わった編成のソナタで、こういう管弦楽曲があれば、「牧神の午後」のようなメジャーなレパートリーが生まれたかもな、と空想するのである。

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