1936年12月下旬、スペイン・バルセロナの兵舎。作家としてデビューしていたイギリス人は、1外人民兵として兵士たちの間にいた。イタリア人兵士が近づいてきた。
「「イタリア人なの?」/ぼくは下手なスペイン語で答えた。「いや、イギリス人だよ。で君は?」/「イタリア人だよ」/われわれが退出しようとすると、彼は部屋の向こうからやってきて、ぼくの手を固く握りしめた。奇妙なことだ。はじめての人にこんな愛着を感じることができるのは! まるで彼の精神とぼくの精神が、一瞬、言語と伝統の深淵をのりこえて文句なしに親しくなることができたかのようだった。」(『カタロニア讃歌』)
33歳のジョージ・オーウェルは、スペイン市民戦争の渦中に飛び込んだ。労働者革命が進行していたカタロニアは、衝撃的な印象を残した。壁という壁にはハンマーと鎌が描かれ、大きな建物には必ず赤旗か赤と黒の旗がはためいていた。給仕人や店員は客の顔から視線をそらさず、対等の人間として口をきいた。異様で好きになれないこともあったが、「たちまちぼくは、この事態が戦って守るに値するものだとさとった」。そして、守るために1兵舎で邂逅したイタリア人兵士と、理屈と言葉を超えて固く手を握り合った。
オーウェルはその後、市街戦で首に貫通銃創を受けたが、一命を取り留める。戦線は、ヒトラーと結んだフランコ軍事政権の支配するところとなり、オーウェルが参加していたPOUM(マルクス主義者統一労働党)はスターリン批判を繰り返してきたために、ソ連からも弾圧を受け、指導者は暗殺された。
世界の危機の時代、欧州ではスペイン市民戦争からヒトラーの電撃作戦に移り、アジアでは日中戦争から南部仏印進駐、太平洋戦争に移る。危機の時代に知識人の役割を考えるオーウェルは、机上の空論に与しない。ヒトラーに勝つためには統制経済が必要だと主張し続ける。同時代、日本では笠信太郎が同様に統制経済の必要性を強調していた。
ヒトラーと戦い、スターリンからの熾烈な弾圧を受けたために、その本質においてヒトラー体制とスターリン体制の同質性に気がつく。その最大の風刺が、『動物農場』であり、『1984年』であることは言うまでもない。こう言っている。
「現代の世界では、知識人といえるほどの人間なら政治に無関心ではいられず、結局は政治にかかわりを持たざるをえない-(略)-われわれは-広い意味での-政治に関与すべきであり、自己の選択を明らかにしなければならないのではないか。」
ジャーナリスティックに現実政治を追跡し、自らの思考を鍛え続ける。思考の先にはイタリア人民兵との握手があり、その精神を守るという目的がある。ソ連に対する評価が道を分けたが、その後に続くサルトルたちの世代に一本の道を開いた。
オーウェルとイタリア人民兵の握手から86年目。2022年3月1日、欧州の西の端のスペインから東のウクライナに場所は移り、ロシア人とウクライナ人が同じテーブルを囲んだが、握手はなかった。ロシア人の後ろに控えるプーチンはウクライナ人から見れば現代のスターリンであり、握手はまず不可能だろう。
プーチンのロシアはスターリンのソ連と違って、独裁を行おうとする者に対する反対勢力が国民の中に存在する。このためにプーチンは急速に追い詰められていくのではないか。しかし、これも1936年のスターリンと違ってプーチンの手には核のボタンがある。核時代に生きるわれわれ現代人だけが抱える不安である。
「ウクライナ」とともに始まった世界の新たな危機の時代はどう展開していくのだろうか。われわれは生き続けていくことができるのだろうか。
オーウェルの代表作は、前記『1984年』(ハヤカワ文庫)、『動物農場』(角川文庫)、『カタロニア讃歌』、『パリ・ロンドン放浪記』、『オーウェル評論集』(以上、岩波文庫)。また、平凡社ライブラリーから、きわめて魅力的な『オーウェル評論集』全4巻が出ている。
1件のコメント
佐藤さん。
いつも、YouTubeでのお話しをありがとうございます。わかりやすく、また、興味も広がります。有り難いです。
Xのツイートも拝見させていただいております。
ジャニーズの闇は、まだまだあるのですね。
マスメディアでは、流せない事が多数あるのだと思います。
圧力がある事。わかります。
大変な世の中だと思っております。
自分の生き方も問われます。
世論がもっと頑張らないと、圧力の下敷きだと思っております。
今後不安です。
憲法9条、他、自分なりに考えております。
皇室の闇みたいな事も知り、税金が上がり過ぎに、貧困者、自殺者、詐欺の事も、真摯に考えております。無駄に税金がたくさん使われてます。
今の世の中を変えたいと思っております。
⭕️引き続き、頑張って下さい⭕️
お身体にお気をつけ下さい。
P.S
本も読ませていただいております。
三浦春馬さんの件も….
誤字が多く、ごめんなさい。