レコードへの道 その6:純セレブ・スピーカーの実例

【実装例】

以下、代表的な実装例を紹介する。

<ダンボールを用いるもの>

●片岡祐介監修による製作キット

 薄い紙で表面がコーティングされたボール紙製の立方体に「ダイソーのユニット」を上向きに乗せたシンプルな構造。箱の穴あけとケーブルのハンダ付けは済ませた状態で販売しているので、電子工作に無縁の方々にも広く門戸を開いたと自負している。

 卓上やベッドサイドに置くなど、生活の中で気楽に使用しやすいよう小型化を目指し、その過程で、エンクロジャーは、当初まったく考えもしなかった立方体(100mm × 100mm)の形状に落ち着いた。経験上、立方体は響きが混濁しやすい傾向があると認識していたが、何故かダイソーのユニットとは相性が良く、音が濁らないまま量感や広がりを増すことに成功。結果的に、そのサイズからは想像しがたい音像の大きさを実現した。

 おもに通信販売で扱っていることもあり、部材のパッケージには、緩衝材として。新聞紙(『無地の新聞紙』という名前で販売されているもの)をクシャクシャにして詰めてある。エンクロジャーの内部に詰める紙はこの新聞紙をちぎって使用することを組立説明書で奨励しているが、箱とユニットの相性が良いこともあり、内部に詰める紙は「微妙な箱鳴り(雑味)」を抑える程度の役割りとなる。

工作とはいえないほど組み立てが簡単であるにも関わらず、完成品ではなくわざわざ製作キットの形で販売したのは、「純セレブ概念」の体験を広げたいという思いからである。単に物品を「購入、消費」するのではなく。手や耳を使い「自分で音をつくる」ことが純セレブスピーカーの醍醐味なので。その入り口として発案した。

例えて言えば「手作り豆腐の材料セット」のようなものである。「ビギナーが参入しやすく、なおかつ極上の家庭料理が出来上がる」ということを目指している。

 ちなみに、製作キットを使わず、ダイソーのユニットと段ボール箱を使って自作する場合、初心者は製作キットの100mm × 100mmよりも大きめの箱を使用すれば、失敗が少なく余裕のある鳴りが得られるのでお勧めである。内部に紙を詰めて調整することを前提とする純セレブスピーカーの場合、エンクロジャーは「大は小を兼ねる」。

 このキットはインターネット・ショップ「純セレブ堂」で販売している。

片岡祐介監修のキット

●見えないスピーカーモデル

「エキサイター」という商品名で売られているDayton Audio社製の「貼り付けて使用するスピーカーユニット」を屏風のように立てたボール紙に貼ったもの。純セレブスピーカー特有の「紙鳴り」だけを鳴らす構造である。

 きわめて指向性のない鳴り方で、ユニットを後ろに隠せば、視覚的にも聴覚的にも「どこから鳴っているかわからない」のが特徴である。量感には欠けるが、音が気体のような広がり方をする。

見えないスピーカー。この紙の裏にエキサイターが貼ってある。

●たまごモデル

紙製(パルプモウルド)の卵ケースに小口径ユニット(ダイソーユニットなど)を載せたモデル。複雑な形状なので、箱内で雑な響きが発生しにくく、内部に詰める紙がほぼ不要。加工が楽なので製作も簡単。

<和紙を用いるもの>

●惑星モデル これは、市販の竹ひごと紙でできたランプシェードを用いる。ランプシェードの上に、和紙をでんぷんのりで貼っていく。和紙はできる限り不均一で厚い物が良い。建築用の素材とか、切れ端とかを集めるのが安価で良い。できるなら、和紙を自作するのが効果的だと思うが、これはまだやっていない。和紙は、パルプが入っているものはおすすめしない。なぜか音が悪いのである。

惑星モデルの制作を勧めると、どういうわけか多くの人が木工用ボンドを水で溶いて使うが、これは乾燥してもフニャフニャして音が悪くなるので、決してやってはならない。でんぷんのりは、できれば、小麦粉を水で溶いて煮て作った自家製が音が良い。ランプシェードの上部からユニットを入れて、下部の口のところに装着するのであるが、口の周りの竹ひごは、抜いたほうが良い。ここが振動してびびる可能性があるからである。

このタイプでは、磁石がコーンより上に来るので、ズレる可能性が高いため、ユニットのヘリに和紙を重ねて固定する。これを部屋の適切な場所に2つ釣ると、部屋全体が鳴る感じがして、実に気持ちがいい。寝室だなおさら良い。

惑星モデルを部屋の天井にセットした状態。ユニットはFostex FE103。昔のユニットは、純セレブ・スピーカーとして使える。

●平安モデル 和紙で作って、ランプシェードを使わないタイプである。これは、小型のバランスボールを用いて、その周りに和紙を貼っていく。和紙が乾いたら、バランスボールの空気を抜いて取り出す。もちろん、風船でやってもいいが、バラスボールの方が作りやすい。基本的にこれは、下部を平らにして、置いて使う。

書は佐村河内侍。

●だるまモデル

 これは、文字通り、だるまを使ったモデルである。私は、和紙を使った惑星モデルや平安モデルを作っているうちに、紙でできているだるまがいけるのではないか、と思い始めた。そこで各種ダルマを入手してダイソー・ユニットを入れてみたところ、驚くほどよい音がしたのである。だるまモデルには2種類あって、大きなダルマの両目をくり抜いてユニットを入れるタイプと、小型のダルマを2つ用意して、頭をくり抜くタイプである。

 後者には、更に驚くべき効果がある。それは、それぞれのだるまを頭を上にして掌で包むように保持し、肩のあたりに持ってきて聞くと、頭の中で音がするのである。これはおそらく、手を通じた骨伝導で頭蓋骨が振動し、それが「聞こえ」ているのだと思う。この方法で、歌手の歌っている音源を聞くと、まるで、自分が歌っているかのように感じる。この感じで歌を練習したり、あるいは外国語を勉強すれば、急速に上達するのではないか、と思われる。教育機器を開発している企業と、共同開発できないか、と考えている。

私と片岡氏とは、最初の一年位、熱心に研究してある程度答えを得てからは、純セレブ・スピーカーで音楽を楽しむ方に移行してしまって、新機種の開発はさほど行っていない。たくさんの方が、研究を進めておられるので、最近の進展を知るには、「純セレブ・スピーカー」とツイッターなどで検索していただきたい。

この原稿は、『ラジオ技術』の論文をもとに書いたものだが、この論文の刺激によって書かれた論考として、ikawa tomoki 氏の「純セレブスピーカーで最高の音を目指す Vol2 【ユニットは徹底的に自由に動かし、箱を鳴らす】」 があるので、参照されたい。また、いとうじゅん氏が「純セレブ・スピーカー作家」として活動し、一点もののスピーカーを制作販売しておられる。

【おわりに】

 純セレブ・スピーカーは、新技術によってではなく、世界観の変革によって開発されたスピーカーである。現象の捉え方を変えれば、思いもかけない切り口が開けることは、どのような分野でもある。

 私は、非線形科学や東洋思想に基づいた観点から、このような思想的枠組みについての理論的研究を行ってきた。一方、片岡氏は、音楽家として、子どもや障碍者と共に音楽を創り出す仕事を通じて、自らの音というものの捉え方を変革し、その思想的背景のつながりから、私とも音楽活動を展開してきた。

 両者の主張の根幹は、ものごとを固定せず、動きの中で把握し、対応すべきだ、ということである。純セレブ・スピーカーは、この思想の一つの表現である。

 最後に、もしこの記事をスピーカー・ユニットの製作者が読まれたら、ぜひとも純セレブ・スピーカーに向いた素直な高級ユニットの開発をご検討いただきたい。私たちの得た知識を動員して、協力したいと考えている。

コメントを残す